難民の定義

難民条約設立の背景

難民とは、一般的に、「人種・宗教・政治的意見などを理由に、迫害を受けるおそれがあるため国を出た人」のことを指します。 この定義はどこからきているのでしょうか? それは、難民条約と呼ばれる条約からです。ではこの条約がどのように作られたのか、その設立の背景を見ていきます。

難民条約とは?

難民の地位に関する条約(1951年)」と「難民の地位に関する議定書(1967年)」を合わせたものを指します。 これらの条約や議定書が採択されたきっかけは、戦争による人権保障の問題でした。以下、この問題を受けて作られた国際法と呼ばれる条約や宣言がいくつか出てきます。

国際法とは?

国家間の合意に基づいて主に国家間の関係を定めている法です。条約と国際慣習法から成っています。国際慣習法とは、ある行動様式が、長い間、繰り返し国際社会において行われてきたために、諸国家がそれを守ることを暗黙のうちに了承してきたものです。

難民条約が作られた背景

第二次世界大戦後の1948年 「世界人権宣言」採択 →すべての人はどの様な理由・条件によっても差別されずに、基本的人権を持っていること、そして迫害から逃れるため、他国に避難することを求めることや避難する権利を持っていることなどが、確認されました。 加えて・・・ 1951年 「難民の地位に関する条約」採択 採択の理由は、難民問題が徐々に国際社会の注目を集めるようになり、国連加盟国の間で、難民問題、特に難民の基本的人権保障に対する意識が高まったことにあります。 例えば、 第一次世界大戦では、ロシア革命やオスマン帝国の崩壊によって多くの難民が生まれました。第二次世界大戦でも、その前後に大規模な政治的・社会的変化が生じ、それによってヨーロッパを中心とした多くの地域で、大量の難民が発生しました。 これらの理由により、「難民の地位に関する条約」は、難民問題解決のためには、国際的な協調と団結が非常に大切であるという認識に基づいて採択されたのです。 しかし、「難民の地位に関する条約」には、問題点がありました。 それは、時間的・地理的制限があったことです。 そこで、1967年に「難民の地位に関する議定書」が採択され、制限が取り除かれました。

日本の難民条約への加入

日本では、1975年前半のインドシナ難民の大量流出をきっかけに、難民問題が盛んに議論されるようになりました。これを受けて、1981年6月の通常国会において、難民条約への加入が承認されました。1981年10月3日に「難民の地位に関する条約」に、1982年1月1日に「難民の地位に関する議定書」に加入、1982年1月1日からこれらの条約や議定書が発効されました。 そして・・・ 1982年に「出入国管理法」が改正されて「出入国管理および難民認定法(入管法)」となり、日本国内での難民保護に関する規定が、初めて定められました。難民保護は、法務省入国管理局が担当することになりました。またその後、入管法は何度か改正を繰り返すことになります。

難民条約に加入したら・・・?

難民条約に加入したら、それぞれの国は、どの様に難民の保護に取り組んでいくのでしょうか。実は、難民の定義と難民の権利等は難民条約に書かれていますが、その定義の運用は加盟国にゆだねられています。よって、同じ境遇にある人でも、日本と他国では保護の体制が同じであるとは限りません。つまり、誰を自分の国で難民として認めるのか、また具体的に国内の法・制度で難民の権利をどの程度保障していくのかなどの点が、国によって異なるということです。 では、具体的に難民の定義を見ていきます。

難民とは?

難民」と聞いて、あなたは何を連想しますか。 戦争のために故郷を追われた、遠い外国の人々。 異国の難民キャンプで暮らしている人々。 現代日本においては、「ネットカフェ難民」という用語が生まれたように、安住の地を持たず、将来の見通しが暗い人々が比喩的に難民と表現されることもあります。 また、帰宅困難者――大地震などの災害で交通機関が止まったがために、都市部にいて自宅へ帰れなくなった人――のことを「帰宅難民」と表すこともあります。これは、故郷に帰りたくても帰れない難民のイメージを、帰宅したいのにできず都市部に留まるしかない人に重ねたのでしょう。 このwebページをご覧になる方の中には、日本にいる難民のことをよくご存じで、真っ先にそれらの人々を連想する方もいらっしゃるでしょう。 難民である有名人を挙げてみましょう。 相対性理論を導き出した理論物理学者のアインシュタインはユダヤ人であったので、ヒトラー政権下のドイツから1933年にアメリカへ渡っています。 作曲家のショパンは1830年、故郷であるワルシャワで当時その地を支配していたロシア帝国に対する武装蜂起が起きる直前に、ワルシャワから国外へ逃れました。 さて、「難民」とは正確にはどのように定義されているのでしょうか。 ブリタニカ国際大百科事典の小項目事典の「難民」の項(http://japan.eb.com/rg/article-08610000 [アクセス日: 2012.8.29])には、「本国の迫害や危難を避けるため他国に逃れ,移住する者。政治的難民と,戦争や貧困による経済難民とに区別される。」とあります。 政治難民の保護のために1951年に締結された難民条約では以下のように定義されています。 「人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会的集団に属するなどの理由で自国にいると迫害を受けるか、あるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた人々」

お気付きでしょうか。難民条約の定義では、難民と聞いて日本人の多くが思い浮かべるような、戦争・紛争ゆえに国外へ逃れた人は難民としていません。 それゆえ更に、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)により、以下の定義も加えられています。 「武力紛争人権侵害などを逃れるために国境を越えて他国に庇護を求めた人々」 (※UNHCR公式ホームページにて記載)

  • 茶色の四角は、難民条約の定義で難民であるとする理由。
  • 黄色の四角は、UNHCRが付け加えた定義で難民であるとする理由。
  • 7つの理由は、その理由によって迫害を受ける恐れがあるという点で共通している。

また、紛争などによって住み慣れた家を追われ、国内に留まり、国境を越えずに避難生活を送っている「国内避難民(Internaly Displaced Person:IDP)」も近年増加しています。 国内避難民は国境を越えていないので難民として認められませんが、難民と国内避難民が直面している辛苦は同じ種類のものが多いのです。それゆえ、難民に対して行う支援と同様の支援を差し伸べることが望ましいとされます。 <補足資料> UNHCR報告書「先進国における庇護申請の現状と動向-2011」によると、2011年は推定44万1300人の庇護申請が記録されている。 なお、この報告書はヨーロッパ、北米、オーストラリア、北東アジアの44か国を対象としています。

 

        参照

  • UNHCR報告書《Asylum Levels and Trends in Industrialized Countries》(英語): http://www.unhcr.or.jp/ref_unhcr/pdf/ps120327.pdf
  • 法務省ホームページ:http://www.moj.go.jp/
  • 外務省ホームページ:http://www.mofa.go.jp/mofaj/index.html
  • UNHCR Japanホームページ: http://www.unhcr.or.jp/html/index.html
  • ヒューライツ大阪(一般財団法人 アジア・太平洋人権情報センター):http://www.hurights.or.jp/japan/
  • 外務省「難民条約」パンフレット 広辞苑 第六版 現代社会用語集 山川出版社